偉人学

【スティーブ・ジョブズ】天才で嫌われ者のジョブズ【アップル創業者】

西暦も2020年を過ぎて、世界的パンデミックが起こり「大変革の時代が来たな〜」と思ってる今日この頃、

そんな時だからこそ人生をより豊かに、楽しく生きるためにはどうすればいいのかという事を日々考え追求していこうじゃないかと思うわけです。

どうもヒゲタカと申します。

偉人から生き方から何かを学べたらいいな、今回は

圧倒的な熱意不屈の闘志を兼ね揃えた稀代のイノベーター
「スティーブ・ジョブズ」

です。

今回の記事ではジョブズの実際にあったエピソードを中心にその人柄について書いていきたいと思います。どちらかというとジョブズの欠点や嫌われエピソードが多いですw

 

ジョブズの何がそんなに凄いのかを書いた記事はこちらになります↓

【スティーブ・ジョブズ】ジョブズの凄さとは?【独裁者 or カリスマ】こんにちはヒゲタカと申します。 こちらの記事ではジョブズの一体何が凄いのかということをエピソードと共に紹介していきたいと思います。 ...

 

ちなみにジョブズは若い頃めちゃめちゃイケメンでした。
あんまり似てないですがwこの記事のトップ画が若い頃のジョブズを見て描きました。

 

スティーブ・ジョブズという人物の歴史

スティーブ・ジョブズがやった事

スティーブ・ジョブズと言えばまずどんな事を思い浮かべますでしょうか?
i Phoneを作った人、Appleの創設者、超大金持ち、いつも同じ服を着ている人、いろいろあるかと思います。
スティーブ・ジョブズが仲間と共同でアップルを設立してから、その生涯を終えるまで実に35年様々な革新と挫折がありました。
そこで実際にスティーブ・ジョブズがしてきた事、歴史を私なりに大まかにまとめました。

スティーブ・ジョブズ
誕生日:1955年2月24日 〜 2011年10月5日( 56歳 没)
国籍:アメリカ合衆国

スティーブ・ジョブズの歴史をざっくり紹介
1976年 スティーブ・ウォズニアック、ロナルド・ウェインと共にアップルコンピュータ・カンパニーを設立
1977年 アップルが販売開始した「Apple Ⅱ」が売れに売れ大成功する。個人で所有するパーソナルコンピュータを世に浸透させる。
1984年 当時革新的だったGUIとマウスを持つPC「Macintosh(マッキントッシュ)」を販売。
1985年 しかし、莫大な時間とお金を投資したこのマッキントッシュが販売不振に陥り、ジョブズは全ての業務から解任させられ自らアップルを去る選択をする、同時にコンピュータの新会社NeXTを立ち上げる。
1986年 ルーカスフィルムの一部を買収し、ジョブズは社名をピクサーと名づけてCEOに就任。
1995年 ピクサー制作の前編フルCGアニメ映画『トイ・ストーリー』が公開され世界中で大ヒット。
1996年 当時ソフト事業に特化していたNeXT社開発のOS「NEXTSTEP」をアップルが採用することを決め、アップルはNeXT社を買収する。
同時にジョブズのアップルへの復帰が決まった。
1998年 アップル復帰を果たしたジョブズ主導のもと開発された「i Mac」を販売する。これが大ヒットし、これにより当時落ち目だったアップル社は再び勢いを取り戻した。
2000年 ジョブズはアップルのCEOに就任する。
2001年 アップルはiTunesとiPodを持って音楽事業に参入。数千曲の音楽データを手軽に持ち運べて管理が楽なiPodはまたも人々を驚かせる革新的アイテムとなった。
2003年 ジョブズに膵臓癌が見つかる
2007年 iPhoneの発売。指で行うタッチ操作、必要最低限のボタンだけ残した全画面ディスプレイ、そこにはまたも世間の度肝を抜くイノベーションがあった。
2010年 そしてiPadの発売。更なる大きな可能性を世界に見せた。
2011年 10月5日、ジョブズ膵臓癌の転移のため呼吸停止。自宅にて家族、親族に看取られながら死去。56歳だった。

と、まあざっとこんな感じですが、物凄いですよね!

しかし、よく勘違いされることも多いのですが、スティーブ・ジョブズはAppleの創設者ではありましたが、Appleの技術者ではありませんでした。ジョブズはプログラムは組まないし、エンジニアでもなかったのです。
なので実際に製品を作ったのはAppleに所属する有能な技術者たちであってジョブズではありません。

では、

なぜジョブズはこんなにまでも世界的に有名で評価されているのでしょうか??

その事はジョブズという人間の人生を知ったらよく分かると思います。

 

ジョブズ家の養子として優秀に育った子供時代

ジョブズは1955年2月24日にシリア人の父とアメリカ人の母との間に生まれました。
しかし実母の父が相手がムスリムであった事が理由で結婚を反対したため、実父と実母は子供を養子に出しジョブズ家に引き取られます。

幼い頃から飛び級をするなど優秀だったジョブズは、13歳の時にヒューレット・パッカード社のCEOウィリアム・ヒューレットの自宅に「周波数カウンタの部品をください」と電話を掛けます、その行動力と優秀さを買われてジョブズはヒューレット・パッカードでアルバイトをする事になります。

ジョブズは養父の事を尊敬していました。
職人気質だった養父は子供時代のジョブズと一緒にフェンスを作っているときに言いました。

「本物の職人は人の目の届かないフェンスの裏も表と同様にきれいに作るんだ。丁度腕利きの大工職人が見えない引出の裏をつくるようにね、他の人に見えなくったって、自分にはちゃんと判っているのだから、そしてそのように手を抜かないことが自分の意匠に誇りを持たせてくれるんだよ。」

実際ジョブズは見た目の美しさに徹底的にこだわる節がありました、外からは見えない基盤のズレも等間隔で綺麗に配置されてないと気がすまなかったのです。

ジョブズのデザインへの執着とも取れるこだわりは養父から来ているのかもしれませんね。

 

性格に問題あり??稀代の嫌われ者ジョブズ

サブカルチャーにハマった青年時代

スティーブ・ジョブズと言えばその性格についてたびたび話題になりますが、

実際に特徴的な出来事が多々あります。

ジョブズは青年時代ヒッピー文化にのめり込んで菜食主義や禅宗、瞑想、裸足で生活、フリーセックス、LSD(薬物)などサブカルチャー的な事にハマっていました。
そのせいかゲーム会社アタリに就職した際には、自分は菜食主義だから体臭はしないと言い張って風呂に入らず何日も過ごしていたそうです。もちろん周りはジョブズの臭いに迷惑してました。
他にも平気で同僚や上司を無能呼ばわりしたり、
ウォズニアックに自分の仕事をほぼやって貰ってその報酬を大幅にチョロまかしたりもしました。
ウォズニアックはジョブズについてこう述べています「アタリ時代のジョブズは人間関係に問題があって、いつも1人で夜の勤務シフトに入っていたよ。」

アップル時代も自分の要求する基準を満たさない仕事をする人間に対して汚い言葉で罵ったり、その場でクビを言い渡す事もあったそうです。
社員の間ではリストラされる事を「スティーブされる」と言う隠語が作られていました。

1985年にジョブズはアップルの取締役会で全ての業務から解任させられたのは、こういった人間関係の問題が少なからず関わっていたと思われます。

 

何度も挫折を経験しているジョブズ

ジョブズは自分が創業したアップルから追放され「全米で最も有名な敗北者」になりました。
その後創業した新会社ネクストは倒産寸前にまで追いやられたし、もう1つの新会社ピクサーはトイ・ストーリーというヒット作が生まれるまでは大変な金食い虫で、
ジョブズ自身「ピクサー維持にいくらかかるか気づいていたら、この会社を買収していたかどうか」と述懐しています。
アップルを去ってからのジョブズはメディアに激しく非難されました。ジョブズは技術者ではなく口先のうまい、早口のマーケターと言われ、世間に軽んじられる事になりました。
彼のアップルでの成功は共同創業者のスティーブ・ウォズアニックのおかげだったとも言われました。
ジョブズは働くのをやめ、日がな子供と家でぶらぶらする日を送っていました。

しかしアップルから追放されてからの10年間について彼は後にこうも述べています。
「アップル追放は私を解き放ち、人生で最も創造的な時代へと私を誘った。」
その10年間でジョブズは様々なモノを学びました。再び初心者として挑戦できたジョブズは経営者として学び、ピクサーで創造性を学び、人材育成と開発技術を学び、結婚し家庭を築きました。

その全てが再びアップルに戻ったジョブズには必要不可欠の出来事だったとジョブズは言います。